株式会社秀光ビルド代表取締役の本間航也、元は社員だった?社長になるまで

株式会社秀光ビルドは1991年に石川県で設立され関西地方や東海地方にも進出し、今では
全国に21の支店がある会社です。
今後は関東や九州にも支店を構えたいということですが、代表取締役の本間航也さんは元はというと株式会社秀光ビルドの社員の一人でした。
なぜただの社員から代表取締役社長まで上り詰めることができたのでしょうか。

株式会社秀光ビルドを経営する本間航也の経歴

本間航也さんは石川県生まれで石川県立加賀高校の出身です。
大学や専門学校には進学はせずに、高校卒業後に就職。
その後、いくつかの職業を経て株式会社秀光ビルドへ入社しました。

社員だった本間航也が社長になるまで

本間航也さんは株式会社秀光ビルドに入社当初から仕事に対して意欲的で、やるからには社長を目指そうと仕事にいそしんでいました。
そんなときに金沢市に支店を出すという話があり支店長候補は他にいましたが、自分が支店長をやりたいと社長に直談判します。
社長に頼み込んだ結果、すぐに電話で候補の方に断ってくれて本間航也さんが支店長となりました。
支店長に立候補し選んでもらったからには、絶対に結果を出さなければいけないと思い一心不乱で仕事をします。
そして支店長になって1年目で本間航也さんが支店長を務める、金沢支店の売上が本社を上回ったのです。
本社の売上を1年で上回ったという実績が評価されたことによって、支店長から常務、専務、そして代表取締役社長へと選ばれたのではないかと本間航也さんは言います。

株式会社秀光ビルドのこれから

人口が減ってきている中で住宅業界がこれから成長していくとは考えにくいですが、本間航也さんにはたとえ業界が縮小しても解決策がいくつかあります。
その一つとしては、一度家を建てたお客さんのリフォームや建て替えを行ったり、そのご家族のお子さんや知り合いの方にも家を建ててもらう流れを作っていくことです。
また「価格」、「品質」、「安心」こだわった高品質低価格住宅として、さらに業務を拡大して最終的には上場を目指したいそうです。

売上高300億円を超えている株式会社秀光ビルドであれば、上場企業になれる日も近いことでしょう。

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