株式会社トリドールホールディングス 代表取締役社長 粟田貴也さんについてまとめます

カウンター越しにトレーを持って、ゆでたての麺を盛り、あつあつのつゆを注いでくれる。そしてトッピングのてんぷらや薬味を好きなだけかけていただくうどんは格別な物です。今回ご紹介するのは丸亀製麺をチェーン展開している株式会社トリドールホールディングスの代表取締役社長 粟田貴也さん。丸亀製麺は国内外合わせて1000店舗ほど展開しており、まさに日本が世界に誇るうどん店になっています。
そんなトリドールホールディングスの代表 粟田さんの経歴に迫ります。

粟田さんのトリドール創業まで

粟田さんは1961年に兵庫県神戸市に生まれました。その後、3歳から加古川市に移ります。警察官だったお父様の故郷は香川県で、よくお父様の実家に遊びに行っていたようです。
粟田さんが小学6年生の時にお父様が病気で急逝され、粟田さんは金銭的にも苦しい生活を余儀なくされます。粟田さんは夜間の大学に進学し、昼間はアルバイトという二足の草鞋の生活をされます。肉体労働を経験するうち、粟田さんは仕事に対して「嫌なことを我慢し、その代償に収入を得ること」と、捉えて仕事=我慢というイメージを強く抱きます。
ただ、そのイメージが変わったのは喫茶店でウェイターのアルバイトをしたときのこと。お客様との会話も仕事になり、「我慢」がなくなったことで飲食業の仕事は楽しいという印象を持ちます。これが粟田さんが飲食業の道に進むきっかけとなるのです。粟田さんは大学を2年で中退し、飲食店開業資金調達のため宅配会社で働き始めます。そして400万円を準備したあわたさんは1年ほど炉端焼きチェーン店で修業をしたのち、1985年に加古川市に「トリドール三番館」という焼き鳥屋をオープンさせます。最初の一年は深夜営業を行うなど、身を削る方法で他店との差別化を図りましたが、女性客をターゲットにしたメニューを取り入れる事で潮目が変わります。女性顧客の取り込みの次に粟田さんが手を打ったのはファミリー層の取り込みで、ロードサイドに焼き鳥店をオープン。これも高評価を受けます。
業績好調でしたが、2000年から2003年で飲食業界を襲った鳥インフルエンザ騒動で、粟田さんは焼き鳥屋からうどん屋へシフトします。それは粟田さんのお父様の出身地、香川県丸亀市で目にした製麺所にできた長蛇の列でした。丸亀製麺は、香川県に行かずとも本場さながらのおいしい讃岐うどんが味わえるというコンセプトのもと、人気を博します。そして株式会社トリドールは2006年にマザーズ、2008年に東証一部への上場を果たしました。

まとめ

実は、丸亀製麺の運営会社がトリドールという社名だったことにずっと気になっていたのですが、理由がわかりました。苦労人の粟田さん。お金を稼ぐこと、仕事について人より早く向き合う事で、飲食業で働く事の楽しさを実感されます。M&Aや海外展開に積極的に取り組まれている粟田さん率いるトリドールに今後も期待ですね。

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